2015年7月アーカイブ

日本人と西洋人では美の感覚や自己主張やその表現の仕方が正反対である。

日本人は人に物を贈るときに、「つまらぬものですが、お口にあいましょうか」と極めて下手にへり下って出す。

常に実体以下に評価して示すことを美徳と考える。

これに対して西洋人は実体を知っていながら、その価値以上にオーバーに表現して示そうとする。

日本では心にもないことをオーバーに表現したり、自己宣伝することを極度にさげすむ。

五の価値のものを三と表現する国と、五のものを七だと過剰評価する国との違いを生んだ背景に、彼我の風土の豊かさの差異をはっきりと認めなければならない。

西洋画は一般に画面を全部ぬりつぶしてしまうが、日本画は余白をたくさん残す。

一枚の梅の花をかいてもやがてその余白の方向に梅の花が咲きほこるであろうことをみる者の心に残す。

水墨画の風景のなかに余白をたくさん残して何か幽玄なものがそのなかにかくされているがごとき表現をする。

まさに日本のものは余白、余情、余韻の芸術だ。

三上靖史・住宅鑑定風水インストラクター
木の下枝を切り、閥伐するほど森林はよく育った。

木炭など年間大変な量を生産していた。

いまではこの便利で高価な炭を外国から買ってくる有様だ。

茶の湯やバーベキューに赤い火をみながらの木炭燃料は最も贅沢なエネルギーになっている。

戦後燃料はすべて石油に代えて、折角、手近にある木という燃料をすっかり忘れてしまった。

石油を使う限り、不安定な中近東諸国のわがままや、紛争による石油危機の恐怖に怯えなければならない。

日本列島は毎年太陽の恩恵であり余るほどの燃料資源が山野で生産されているのだ。

これを使う限り日本民族の日常生活にエネルギー危機というものはありえないことだ。

エネルギー源として自前の山の樹木を見直すべき時がきた。

三上靖史・住宅鑑定風水インストラクター

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